頑張るのをやめると上手くいく理由【INTPによるスピリチュアル考察】

わたし

こんにちは。ギリ健限界会社員のモモ山です。

普段から自分の無力さを痛感し、「自分を変える方法」などの自己啓発ワードでよく検索をかけるのですが、

その影響でスピリチュアル観点での解説動画や記事などがよく目に留まります。

私は「なぜそれをする必要があるのか」や「効果が得られる仕組み」が分からないと、

簡単なことでも言われた通り実行できない特性があるので、

ファンタジックな表現かつ「御託はいいからとりあえずやってみよう」といった風潮のスピリチュアル解説は基本斜に構えて見ています。

ただ、ファンタジックな表現なだけで、ロジックはしっかりあるなと思うものも多いです。

今回はスピリチュアルあるある(?)「頑張るのをやめると上手くいく」の仕組みを考察していきたいと思います。

 

「頑張っても成果が出ない人」= 努力の方向音痴

いきなり悲しいお知らせですが、そもそも「頑張ったらそれ相応の成果が得られる人」は、

スピリチュアルや自己啓発に至りません。

なので私のようにスピリチュアルや自己啓発にたどり着くような人は、

「頑張っても成果が出ない人」であり、基本的に頑張り方が下手です。

しかも下手の度合いが、ちょっとおしいレベルではなく、

「サッカー選手になりたいのに野球の練習をしている」ぐらいの下手さです。

(実例だと子供の熱を下げるためにキャベツを頭に被せるとか・・・)

つまりは努力の方向音痴なんです。

頑張ることでより理想から遠ざかってしまったり、

同じところをぐるぐるしたりで消耗してしまうんですね。

なのでその手の人たちは頑張るのをやめるだけでも好転します。

これが「頑張るのをやめると上手くいく」仕組みの一つではないでしょうか?

 

【努力の方向音痴】私の例

私の例でいうと、幸せになりたいのに幸せから遠ざかる努力ばかりしていました。

子供の頃から自分が普通でないこと・平均より劣っていることを薄々察しており、

努力して「普通」になることで、みんなみたいに日々を楽しく過ごせると思っていました。

しかし頑張って大人数の飲み会に参加してみたり、

そうあるべきだという理由で友人や恋人を作ってみたりなど、

様々な「普通」ライフを試みましたが、全然楽しくなかったです。むしろ苦痛でした。

このようなことを20代が終わるまで繰り返し、ずいぶんと時間がかかりましたが、

普通の人の幸せは私の幸せではない(むしろ苦行)ということに気づきました。

幸せになるために行っていた「普通」になるための努力は自分を苦しめる行為だったのです。

なので単純に努力をやめただけでも、自分の幸せに一歩近づきました。

 

結論:「頑張るのをやめると上手くいく」の仕組み

・スピリチュアルや自己啓発にたどり着いているということは「努力の方向音痴」である可能性が高い

・「努力の方向音痴」は頑張ることで、かえって目標から遠ざかったり、自分を苦しめている可能性がある

・上記に当てはまった場合は、頑張ることをやめるだけでも好転する

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